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サンタフェの市内観光

徒歩の旧市街・プラザ周辺の観光 (所要時間2時間〜4時間)

旧市街の徒歩の観光は、プラザ(広場)を中心に半径200メートル以内に概ね収まりそうな感じです。このコースは、旧市街の観光とショッピングを楽しむ半日から一日で回るコースです。 まずは、プラザに面した一角に観光センター があるので、無料の地図を手に入れます。プラザは、小さな広場なので真ん中に立ってぐるっと、ひと回りしてみましょう。周囲はインディアンジュエリー、画廊、みやげ物、ショッピングアーケード等々に囲まれていますので、ウィンドショッピングも楽しめます。
プラザ内には、イベント用に設けられた常設の小さなステージがあり夏の時期は、このステージで色々なライブの音楽や各種のイベントが行われます。
このステージのうしろが、パレス通りです。通り名は、通りを挟んで建つ総督府に由来します。国の歴史重要文化財のこの建物は1610年に建てられたアドビー建築ですが、歩道になっている長い回廊の軒下には、毎日名物のインディアンベンダー店を出している事で知られています。ちなみに現在総統府は、現在「歴史博物館」として使用されています。
この総統府の左側がリンカーン通り。反対側に堂々としたプエブロリバイバル様式の建物がみられますが、これが「州立美術館」です。1917年に建てられたものですが街全体の建築様式を決定する上で模範となった建物です。

サンタフェ市内の交通機関

市内を動き回るための交通機関としては、市営のバス「Santa Fe Trail」と呼び出しタクシーの二通りがあります。バスは比較的時間表通り運行しているので行動計画もそれに従って立てるとよいでしょう。料金は一回乗り$1。1日パスは$2。17歳以下は無料。60歳以上は半額。
美術館が並ぶミュージーアムヒル(Museum Hill)へは、上記地図にあるプラザのSheridan Ave.からMルートのバスを利用。約一時間毎の運行になっています。ただし祝日には運行しないときもあるのでチェックが必要。また、サンタフェ駅(Montezuma St)からは、旧市街を巡回しているシャトルバスが利用できます。このサービスは通勤線「Rail Runner」との接続で新たに運行を開始したもの。

◎市内バス「Santa Fe Trail」のサイトはここをクリック。運行表はそのサイトからアクセスしてください。

◎タクシー「Capital City Cab」Tel: 505-438-0000

プラザに建つオベリスクプラザのオベリスク

グアダルーペ教会グアダルーペ教会

総統府とインディアンベンダー

Fine Art Museum

サンミゲル教会

ロレット教会の「奇跡の階段」

殉教者の丘にあるクロス

観光スポットの紹介

プラザ(Plaza)

スペイン本国の街づくり同様プラザ(広場)は旧市街の中心。広場の建設は、1610年ドンペドロペラルタ総督がスペイン植民都市としてこの地に総督府を移したときに遡ります。
また、プラザは交通の発着点として考えても面白いでしょう。例えば、植民地時代は植民地最大拠点都市メキシコシティからサンタフェまでの街道「カミノリアル=王家の街道」を造りましたがこの広場が北の最終地点。また1821年 スペインから独立を果したメキシコが合衆国と交易を認めますが、サンタフェは、交易中心都市としての役割を果します。その時代に交易路として利用されたサンタフェトレイルは、西部の入り口ミズーリ州フランクリンとこの広場とを結んだものでした。
現在は画廊、レストランお店、美術館等に取り巻かれていますが、サンタフェの観光はまず歴史あるこの広場から始まります。

Oldest Church / サンミゲル教会(San Migel Church)

1610年頃に建てられたとされるアメリカ最古の教会。スペイン人の入植隊がメキシコから同行させたインディアン(The Tlexcalan Indians)が廃墟となっていたアナルコインディアンのプエブロ跡のこの辺りに住みチャペルを建てたものと考えられています。
1680年に起こったインディアンの反乱で焼失しましたが全焼失したのか一部焼失かは不明。教会内の梁の一つに“1710年に再建される”と刻まれているがご覧いただけます。 教会内の見学では、他に鐘やアルタースクリーンなど興味深いでしょう。後年セントフランシス教会の再建で知られるレイミー大司教の時代は修道院としても利用されています。またアメリカ最古の家 (The Oldest House)とされる家は小道Don De Vargasを挟んで隣にあります。

アメリカ最古のマリア像で知られるセントフランシス教 (St. Francis Cathedral)

街名サンタフェの正式名にもあるアッシジのセントフランシス教会の末会。フランシスカン派はスペイン植民地に入り布教活動を行った宗派の一つである。現在の教会は、時の大司教(アーチビショップ)であったフランス人ジャン・バプティスト・レイミーにより1869年に改築されたもの。現在のロマネスク様式の建物は、元もとのアドビー建築を利用して改築たものです。教会内には、スペインから持ち込まれたアメリカで最も古い聖母像が祭られています。

ロレット チャペル(Loretto Chapel)

プラザから見て、ラフォンダホテルの裏にあるこの小さなチャペルは「奇跡の階段」で有名な教会。聖歌の人たちが上るために必要なこの階段は360度を2回転している美しい螺旋階段で、驚くことに支柱が1本もない。伝説では、修道女達が聖ヨゼフ(聖母マリアの夫で大工の腕を持つ)に祈りを捧げると、9日目に白髪の男が現れこの階段を造ったといわれる。しかし、完成するとすぐにその男は身分を明かさず姿を消してしまった。階段の美しさ、巧みな技術に加え、不可解な大工であったことから、その男は聖ヨゼフその人ではなかったのか、という話。現在この教会は個人の所有となっていますので、宗派に関係なく誰のウェディングに利用されています。

キャニオンロード/ギャラリー小径

アートが好きな方には、必見の場所です。約一キロ程度伸びた細い通りには、道の両側やそこからさらに入った奥の通りにまで、多種多様のギャラリーが続きます。全米第一とも言われるギャラリー密集地たるゆえんです。殆どのギャラリーは5pmで閉店ですが、金曜の夜は7pmまで開いているところも多いようです。
またクリスマスイブ/12月24日の夜は、ロマンチックにクリスマスライトが飾られたこの小道を散策するのが慣わしとなっていてます。

ホテル ラフォンダ(Hotel La Fonda)

プラザの斜め向かいにあるラフォンダホテルは、1820年代にサンタフェトレイルができてから早々に開店した宿屋。今の建物は1922年に建てられたもので、鉄道レストランとホテルで有名なフレッドハーヴィーハウスとして活躍したホテルで、サンタフェ鉄道に興味のある方には必見のホテルといえましょう。

サンタフェ鉄道(Santa Fe Railways)

1880年代に開通したサンタフェ鉄道は、正式にはアチソン・トペカ & サンタフェ鉄道(ATSF=Atchison Topeka & Santa Fe Railwayと呼ばれ、三つの街の名前がついた鉄道会社です。鉄道の本線は一サンタフェを通らず、最寄り駅レイミーLamyからの引込み線が敷かれサンタフェ駅となったもの。現在では、引込み線のみを所有しているサンタフェサザン鉄道会社が、観光列車をサンタフェー・レイミー間で運行していますので、興味のある方チェックしてください。
駅周辺(レールヤード地区)は数年前に再開発を終え、週2回行われる朝市を始め、アンティークショップやお店、レストランなど地元民も足を運ぶ憩いの場になっています。

旅のアドバイス

歩き疲れたらここで、いっぷく

フレッドハービーで有名な由緒あるLa Fondaホテルは、格好の見学兼休憩場所。昼食時はビュッフェのランチもあります。

フリートパイをご存知ですか?

スナック?として、この辺りサウスウェストで好まれている食べ物で、プラザにあるお店「Five and Dime」の一番奥のスタンドで食べられます。

街を一望できる場所はここ!

サンタフェの街を一望できるこの丘は、OldFortMarcyと呼ばれる公園になっていて、その一角には、大きな白い十字架が建てられています。したがって一般には、”Cross of Martyrs=殉教者の十字架、殉教者の丘”で知られるところです。植民地支配下にあった1680年、プエブロ・インディアン達が結束して一斉蜂起、スペイン人と戦い、エルパソまで追い出すことに成功します。この時セントフランシス教会に残り、殉職した宣教師11名がいました。彼らを称え記念して白い十字架が建てられましたのが土地名の由来です。この高台からは、素晴らしい夕陽や高級住宅地、夜景を見ることが出来います。

知っておきたいサンタフェの歴史、ニューメキシコの歴史

アメリカは1846年のアメリカ・メキシコ戦争の結果、現在のコロラド、ネバダ、ユタ、アリゾナ、ニューメキシコを含む広大な土地を手に入れますが、ニューメキシコはその後も、政治的自治が認められていない連邦の「テリトリー」のまま半世紀以上経過します。米国内の政治的理由の結果でしたが、やっと1912年1月にアメリカ合衆国の47番目の州として連邦に組することになります。
日本で教えられるアメリカ合衆国の歴史は、コロンバスの新大陸発見からはじまり、ニューイングランドと東海岸の歴史が主流です。清教徒の上陸やマサチューセッツのボストン茶会事件、引き続きおこる13州による1776年のイギリスからの独立などです。確かに植民地の領主国から独立した「アメリカ合衆国の独立と建国の歴史」を学ぶことは正当で意義があるかもしれませんが、それがアメリカ全体の歴史でない点は知っておく必要があるかもしれません。特にニューメキシコの歴史を見るとき事されでしょう。
コロンバスはスペイン王のもととで大西洋を航海しました。その後、南北のアメリカ大陸を席巻したのは時勢のスペインです。メイフラワー号で清教徒がプリマスロックに上陸した1620年より10年も前にサンタフェの街は出来上がっているのです。 サンタフェの歴史は、この時から始まりますが、ここではもっと時代を遡りましょう。アメリカ合衆国、メキシコ、スペインのさらに前です。そこには、数百部族の数十万人に上るネイティブアメリカンたちが広大な全米の全域に生活していた時があったのです。現在アメリカ全土には、都市名や場所、河川等々に非常に多くのインディアン語が残っています。カリフォルニア州だけで1600年代には30万人のネイティブアメリカンが、生活していたと推測されています。ニューメキシコも同様で紀元年前後から13世紀ごろまで4州が直角に交差するフォーコーナー地域に先住インディアンが半定住型の生活跡が見られます。メサベルテやチャコキャ二オンそしてバンダリアなどの遺跡は、素晴らしい例です。
ニューメキシコの特徴は、それらのネイティブアメリカンが過去の歴史となって消滅することなく、脈々と子孫へと引き継がれて現在に至っていることです。長い歴史の文化や習慣が生きたまま引き継がれているのです。

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