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不動産事情をお話しするにあたり、巷の声と感覚を基にサンタフェ住人の歴史と住人を区分してみたい。
トップはやはりネイティブアメリカン。ちょっと前までは、アメリカンインディアンという言葉が使われていた人たちだが、住人としては一番長い歴史をもつ人々たちだ。
つぎはヒスパニック。16世紀末から始るスペイン統治時代の末裔たち。数世紀にわたり住んでいる人たち。このはじめの2つのグループはアメリカ合衆国の歴史より古い歴史を持つ住人達である。
3番目はメキシコ人。その州の名が示すとおり、ニューメキシコはスペイン植民地から20数年間メキシコ領になったことがある。メキシコ人は、メキシコからやってきた人達で先のヒスパニックとは一線を画している。昨今大問題になってるメキシコの不法移民などはどこ吹く風で、いまでも多くのメキシコ人たちが国境を越えてやってきているのは想像に難くないが、良い言い方をすれば“自由な行き来”のメキシコ人たちかもしれない。
そして白人、いわゆるアングロと地元で呼ばれる人たちだ。1880年代の鉄道の開通後便利になった西部にやってきた人たちだ。面白いのは鉄道会社が不動産のセールスに躍起になっていることだ。日本でも鉄道系の会社が不動産開発、販売をした歴史が多く見られるが、アメリカの大西部でも同じことが起きていたのである。もっともこの時代は、広大な牧場地を売り、育てた“牛たちを鉄道で移動できますよ”というのが、キャッチフレーズだったらしい。もちろんアングロ人の流入は微々たる数であるのは想像に難くない。その後金や、銀の発見による山師と企業がやってくるが、一過性であったようだ。やはり、便利な都会からこの土地にやって住み着くのは大変な覚悟がいったに違いない。
歴史以外にサンタフェが現在の特徴を形成する大切な出来事は、アーティスト達が移り住みだしたことで、この現象は1930年代前後からずーっと現在に至るまでこの傾向は続いている。感性に敏感なアーティストが好む“何かがある街”ということだろうか。サンタフェの歴史を重んじる現在の市制になるまでには、彼らの影響があったことは想像できる。
その後70年代からヒッピーの移動はあったほか80年代までは人口の流入も非常に緩やかであった。
そして、ブーム。90年に入ると俄かにサンタフェのブームが始る。日本で宮沢りえの「写真集サンタフェ」が発表されたころは、実はサンタフェの国内ブームが始まる時期に呼応するのである。静かなただ住まいの田舎の小都市に観光客が押し寄せ、国内人気ランキングでもトップ5の定席を確保する場所になる。勢いは若干なくなったものの、現在でもこの状態は変わっていない。
このブーム期に多くの人がサンタフェを経験する。そして魅了されたお金のあるアングロたちが、僅か年に数日から数週間住むために、ある者は豪邸を建て、ある者は古い家を豪華に改装し始める。不動産ブームは、旧市街に留まらず郊外へも広がっていく。一方でお金が無くても世間に知られたサンタフェ。退職後のリタイヤーたちが好んで住み始める。サウスウェスタンのそして”サンタフェらしい赴き”の生活を楽しむために。
続く・・・・
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